第2回「おもしろい幽霊物語?」

 たくさんの本を読んできましたが、ではその内容をちゃんと覚えているかといったら、けっこう忘れてしまっています。この本面白かった、とそこまでは覚えているのですが、ストーリーが思い出せないことがままあります。子どもたちが同じ本を何度も読むのと違い、1回読んだきり、になってしまっているからなのでしょう。それでもパラパラとページをめくっていると、ワクワクして読んでいた時の事が甦ってきたりします。勿論、ストーリーのほとんどを覚えている本もあります。また、あるシーンだけがずっと記憶に残っている本もあります。
 
 大学時代に、ファンタジーの中の「幽霊物語」をいろいろと読み比べてみたことがあります。その時に『トーマス・ケンプの幽霊』という本に出合いました。イギリスの田舎の古い屋敷に越してきたハリソン一家。屋根裏を、息子のジェームズの部屋に改装したのですが、そこは100年も誰も入らなかったような有様で、しかも工事中にビンを割ってしまいます。そのビンは窓枠の奥に押し込んであったものでした。ビンには17世紀に生きていたと思われる魔術師が封じ込められていたようで、そのポルターガイストにジェームズは悩まされることになります。

『トーマス・ケンプの幽霊』 ペネロピ・ライヴリィ/作 田中 明子/訳 評論社 (小学上級から)

『トーマス・ケンプの幽霊』
ペネロピ・ライヴリィ/作
田中 明子/訳
評論社
(小学上級から)

 全く幽霊を信じていない両親とのやり取りが滑稽ですし、科学の発達した時代に現れてしまったが故の、トーマス・ケンプの幽霊の時代錯誤がおかしくて、怖くない、楽しく読める幽霊物語になっています。私は話の筋もほとんど忘れてしまっていたのですが、ラストの場面はとても印象に残っています。教会から家に帰るところなのですが、まわりの景色を細かく描写したあと、歩いている道を見ながら、時は前にも後ろにもつづいていて、遡れば、トーマス・ケンプに行き着き、前方は同じ景色を見るであろう別の人たちに行き着く、そしてジェームズはそのどこかの真ん中あたりにいる……というくだりです。時というものを、とても端的に見事に表しているなあと、感心したものです。

 時を扱った本もいろいろと読んでいたのですが、この作品で、すとん、と心に落ち着いたような、そんな気分になりました。難しい説明などいらない、こんなに簡単に明瞭に表現できるのだなあ、と思ったのです。

 その本1冊丸ごとでなくても、ある場面、ある一文に心惹かれる……それで、ああ、この本読んで良かった、素敵な本と出合えたなと嬉しくなるのではないかな、と思います。その意味で『トーマス・ケンプの幽霊』は私にとって、ずっと心に残っていく作品だと思うのです。

 とても残念なことに、出版社でもうこの本が残っていないとのことでした。なくなってしまうには惜しいし、なんだか寂しくなってきました。

松永 みどり
大学時代に児童文学を学び、その頃からメルヘンハウスに通いつめる。今では勤続30年をこえる超ベテラン。長年に渡りブッククラブの選書を担当し、数多くの 子どもたちの心に響く本を選び抜いてきた。社内でも本選びに困ったスタッフから度々相談を持ちかけられるなど、信頼も厚い。プライベートでは2人の娘を持つ母親。野球とテニスが好きで、言わずともがな読書が大好き。

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