自作を語る
『ぴーちゃんの誕生記』
まつい のりこ

まついのりこ さん
〈松井紀子〉
1934年和歌山県生まれ。
和歌山大学学芸学部卒業後、東京の小学校教員を経て、武蔵野美術大学に入学、絵を学ぶ。「かずのほん」「とけいのほん」(福音館書店)、「あかちゃんのほん」「ちっちゃなちっちゃなおばけ」「漢字の本」(偕成社)など多くの著書がある。
当サイトでも、たくさんのかわいいおばけのカットを使わせていただいていますが、みな松井紀子さんが描いてくれたものです。


ぴーちゃんの絵本は、「ちっちゃなちっちゃなおばけシリーズ」として3冊出版されています。
 
@『ぴーちゃんにじにのる』と、B『ぴーちゃんほしのことあそぶ』は、
ブッククラブCコース(2〜3才児)で採用しています。
(3冊とも偕成社刊/各700円+税)
 

 42年前のことです。2番目の娘、朝子は3才でした。彼女は、夜おしっこに行くのが大嫌いでした。おばけが怖いというのです。困った私に娘が言いました。「夜、トイレについてきてもいいおばけの絵本を描いてくれたら行くよ」と。
 私は、長女を育てる中で絵本に出あい、絵本をとても描きたくなった母親でした。長女が5才、私が28才の時、私は絵を勉強するため、武蔵野美術大学に入学しました。32才で卒業した私は、卒業の年に生まれた次女朝子に、ずっと手づくり絵本を描き続けていたのです。
 私は朝子のために、おばけの絵本を作りたいと思いました。でも、トイレについてきてもいいおばけって、どんなおばけなのでしょう。私は朝子に聞きました。彼女はこう答えました。「身体は、火の玉の形だよ。パンやさんが、かぶっているような形の青色の帽子をかぶっているの。私がはいているような黄色の長靴をはいているの。そしてね、傘をさして、空を飛べるんだよ」。 
 私は娘の言う通り描きました。娘といっしょにかがみこんで描いたその絵は、とても小さかったのです。娘がその小さいおばけを指さして言ったのです。「これが本当の大きさだよ。名前はぴーって言うの。野原に住んでいるんだよ」。このようにして、空を飛ぶちっちゃなおばけのぴーは誕生したのです。
 ぴーは私たちの家族になりました。娘はお菓子屋さんに行くと、「ぴーに、チョコ買ってあげて」と言いました(決まってパラソルチョコでした)。ハイキングに行った時、夫は大まじめに「ぴーも連れてきてやればよかったなあ」と、ひと言。
朝子が9才になった時、この手づくり絵本が出版されることになりました。ところが朝子は、大声で泣き出しました。「私のぴーちゃんだもの、いやだよー」と。「本当のぴーは、お母さんが作ったこの絵本の中にだけいるんだよ」と、そばにいた夫が朝子に言いました。涙をふいて、うなずいてくれた娘のおかげで、ぴーはたくさんの人々のところに飛んで行くようになったのです。
 大人になった朝子が言いました。「やっぱり、たくさんの人のところへ飛んでいけるぴーになってよかった!だって、みんなにかわいがってもらえるのだもの」。


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