自作を語る
「画本 宮澤賢治 について」
小林 敏也

小林 敏也さん
(自筆の似顔絵)
【こばやしとしや】
1947年静岡県生まれ。
デザイナー・イラストレーター。
東京芸術大学美術学部工芸科卒。
現在は おもに本の装幀・挿絵の仕事を手がける。イラスト レーションの周辺も視野に入れたトータルな絵本づくりをめざし、青梅に"山猫あとりゑ"を営む。詩人・童話作家の宮沢賢治の作品に惹かれ、1979 年に『画本 宮澤賢治 どんぐりと山猫』(パロル舎) を出版。1983年以降、1年に1冊のペースで「画本 宮澤賢治」のシリーズを出版。
主な受賞歴 2003年宮沢賢治賞(花巻市) 。

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 画本と書いて(えほん)と読みますが、版画ですかとよく聞かれることがある。シリーズの大半が普通の4色カラー印刷ではなく、風合いのある用紙に2、3色で特色刷りしたものだ。この原画は、スクラッチという技法で専用の特殊なボードをひっかいて描いたもので、浅く彫られてはいるのだが、銅版画のような版にはならない。その白黒の原画を印刷用に製版して、墨(すみ)や指定した色で、モーターで動く大きな印刷機で1色ずつゴロリゴロリとインクを重ねながら刷る、紙とインクのコラボレーションでもある。
 色付きの原画を画集のように再現性を第一として刷る絵本は、にせものづくりなのだ。だって本物が別にあるじゃないか。一方こちらにあるのは、1場面につき、重ねられて使用される1から2、3枚の色のない原画で、絵本の絵と同じものがないのだ。ということは本物になれるかもしれない、版画にまちがえられて、光栄というわけだ。
 こんな風に、お子さま向けばっかりじゃない大人も楽しめる絵本を創りたいとやって来た。思いおこせばはじまりは、美大に通っていた頃の『星の王子さま』だ。その頃、丸善の「せかいの絵本原画展」も始まって、イソップやグリム、ギリシャ神話が見事な絵本になっていた。世の中、東京オリンピックの前後、右肩上がりでデザインブーム、広告が肩で風を切ってかっ歩していたが、そのうそっぽさにうんざりもしていた。
 賢治がおもしろかった。『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』にこんな場面がある。給仕が持ってきた大きなナイフが、ぐんにゃりと曲がって、燃えて消えてしまう。「へい。これは無調法いたしました。ただいまのは、ナイフの広告でございました」と。
 近代化の入口で格闘した賢治、銀河をつかって発電所もつくれと。近代化の出口で、必然だった原発事故があって、私たちの絵本も試されていると思っている。


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